【ひろゆき生放送特集】少年法改正について「社会常識判定試験を作るべき?」

 

”こちらの記事は、週に数回のyoutubeライブを開催している西村博之さんの動画内容の一部を、わかりやすいQ&A形式(の一部を文字)にしてまとめたものです。また、皆さんが気になる質問や解答だけを知ることができるように、以下の目次から直接興味ある場所へ移動することができます。

何かご要望や改善点などがありましたら、「お問い合わせ」から教えていただけると幸いです。”

参考:ひろゆき, hiroyuki

 

”少年法が改正されて18歳以上の少年は実名報道ができるようになりましたが、15歳の少年が何度も同じ犯罪を繰り返すようなニュースも聞きます。実名報道の対象年齢をもっと引き下げるべきだと思いますか?”

人は環境によって罪を犯す

”目の前の世界の出来事が、その人にとっての常識となる”

人は環境によって罪を犯すという考え方があります。

自分が生まれ育った環境の善し悪しによって、犯罪を犯すかどうかが決まるという考え方です。

たとえば、昭和時代の人にとって人を殴ることは、日常茶飯事のことでした。

学校の先輩が後輩を殴ったり、会社の上司が部下を殴るのはもちろん当たり前です。

昭和時代の日本は殴ることが当たり前の空気だったので、誰が誰を殴ろうとあまり問題にはならなかったのです。

一方で現代の場合は、人を殴ったらその時点で傷害罪とかで逮捕されてしまいます。

家庭内で子どもを殴ることも虐待行為になりますし、学校での暴力も体罰という名の犯罪になりまs。

要するに、「国の文化」によって、やっていいこととやっちゃいけないことの境界線は流動的に変わっていくのです。

未成年犯罪者には特に悪気はない?

 

先にも書いたように、その行為がいいことなのか悪いことなのかを判断する基準は、その人が生まれ育った環境に依存しています。

たとえば、家の中で父親が母親を殴ることが常態化している家庭で育った子どもにとっては、「男が女を殴ること」は当然のことであるという先入観を持ってしまいます。

あるいは、自分が妹を殴っているのに両親が全く注意をしない環境で育つと、「女を殴るのは当然なのだ」という思考回路を持ってしまうのです。

”怒られた子どもに悪気はないかもしれない”

こういう環境で育った子ども(X君とします)が小学校とか中学校に行って、クラスにいる女性生徒を殴ってしまったら、X君は先生に、「お前、なにしてるんだ!あとで職員室までこい!」と怒られるでしょう。

でも、X君からしたら全く悪気はなかったのです。

家というX君が接するはじめての文化環境では、女性を殴るということは当然に行われていた行為だったからです。

このように考えてみると、未成年者の犯罪は、自分で善悪の判断をすることができないからこそやってしまう類のものが非常に多いと思います。

原因は、未成年者ではなく、未成年者が育った環境にあります。

犯罪が起きてしまった責任は家庭環境にあるのに、まだ20歳にもなっていない未成年者を、社会復帰できなくなるレベルまで法的手段を使って痛めつける合理性がどこにもありません。

それよりも、少年院とかでカウンセラーと一緒に、誤った考え方をゆっくり矯正していったほうがいいわけです。

未成年者を区切るのが難しい

ただ、未成年者を年齢だけで区別するのは割と難しいとおもいます。

たとえば、

「19歳の今のうちに犯罪を犯せば、20歳になって犯罪を犯して捕まるよりも刑が軽くなるぜ!!今のうちに性欲満たすぜ!」

という動機で犯罪をした未成年者がいたら、この未成年者を法律で保護する必要はないという考え方があります。

なので、どこで区切るのかというのは超難しいのです。

ひろゆきの提案:試験を課すべき?

”試験なら客観的にその人の社会的常識の程度を判断することができる”

未成年のラインを15歳にするべきとか18歳にするべきとかいう議論がありますが、僕は、ある程度の段階で試験を実施したほうがいいのではないかと思います。

その試験をクリアできなかったら、クレカの契約をはじめとする大人の権利を渡さないようにすれば、もっと安全な社会を築けると思います。

最近は30とか40歳になっても、子どもに対して「アリエル」みたいなネタのようなきらきらネームをつけるような成熟度の低い大人が増えていますからね。

客観的にその人の常識能力を判断できますからね。

飯を食っていれば、年齢だけは増える。だが・・・

たしかに、ご飯をしっかり食べていれば年齢だけは増えていきます。

ただ、知的能力も同時にぐんぐん伸びていくとは限りません。

たとえば、お金の稼ぎ方とか日常生活の暮らし方とかを知らない場合は、簡単な手段で大金を手に入れることができる方法を何も考えずに選んでしまうことがあります。

具体的には、風俗やひったくり、強盗とかですね。

まともな知性もない状態で社会に出てしまうと、たかが数万円程度の家賃を払うために売春とかパパ活とかに勤しんでしまうようになるわけです。

一方で、家庭内・学校教育を通して、税金の納め方とか貯金のやり方をはじめとする社会のルールを教えられた子どもは、社会に出ていろいろな仕事で働けるようになります。

よく、IQが離れている人同士の会話はかみ合わないという話を聞きませんか。実は、社会も同じです。社会が求めているIQ(暮らすうえでの知性)と当社会で生活する人のIQが離れていればいるほど、その社会の安定性・安全性はガンガン下がっていくと思うのです。

結論を言うと、年齢で全てのことを区別してしまうよりも、何かの判断力が備わっているかどうかをチェックできるシステムを作った方が、安全な社会を作れると思うわけです。

 

”このブログでは、定期的にyoutube liveを開催している「ひろゆき」さんの動画から一部有益な情報を抜粋し、読みやすい形に加工した記事を発信しています。”

参考:ひろゆき, hiroyuki












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